創業以来の定番料理である「かにちり」は、
鰹と昆布のあっさり出しで
カニや白菜や茸など野菜を炊き
ポン酢でいただく。
幸せを感じる美味に、思わず頬が緩む。
体も心もほっこり温まる鍋だ。
酒蒸しも、雑炊も、ワタリガニの旨みとカニから出る
出しを邪魔しないよう、薄めに味付けてある。
生きたワタリガニの刺身
塩焼き、酒蒸し、甲羅揚げと
どれも感動の旨さだ。
一番の人気メニューは、塩焼きだ。
塩焼きといった簡単な料理ほど旨いもんだと
知ったかぶりをすることなかれ。
ワタリガニを塩焼きにするのは
大変だったのだ。
「先代の父が店を始めた頃は
ワタリガニは湯がいたものしかありませんでした。
お客様から「湯がいて美味しいんだから
焼いても旨いんちゃう。」と言われ
焼いてみたところ、ワタリガニは殻が軟らかいため
からは真っ黒焦げで身は生焼けに。
そこで父は、電機メーカーにワタリガニのオーブンを
作ってもらい、いい焼き加減で焼くことが出来るまで
二年以上かかったそうです。」
塩焼きの香ばしい匂いに喉がごっくっと鳴る。
腹がぐうっと鳴る ああたまらない。
ああ 気取ってなんかいられない。
ぱっと手に取り、ぱくっと食いつく。
脚には身があまりなく、
胴体の部分を食べる。
無口になり、ひたすらしゃぶりつく。
心の中では、旨いなあ、旨いなあと連呼しながら
しゃぶりつく。
綺麗なオレンジ色した部分は内子だ。
これがぷりっとしていてコクと甘味があり
なんとも旨い。
「内子のあるメスのワタリガニのほうが
好きという方が多いですね。
メスは、11月下旬から産卵前の6月くらいまで
召し上がっていただけます。」
大阪湾産の希少な大ぶりワタリガニを
味わえる全国で唯一の専門店に向かう。
「大阪泉州では祝い事やだんじり祭りには
ワタリガニは欠かせません。」
ワタリガニの塩焼きが1匹九千円とは
なかなかいい値段であるが、
希少なだけでなく、水槽での管理にも
調理にも並々ならぬ苦労があるからだ。
「ワタリガニはデリケートで環境の変化に弱いので
水温、塩分濃度、透明度など、徹底管理した
水槽に入れているのですが、それでも毎日
20匹から30匹が死んでしまいます。
しかも死んで30分くらいすると
臭くて臭くてどうしようもありません。
ですから、365日、毎日3回から5回
水槽ワタリガニをチェックしなければなりません。
死んで30分以内であれば湯がけばたべられますが、
それを過ぎると一銭の価値もない。
生や蒸したカニを、冷蔵や冷凍保存することもできないんです。
ワタリガニ料理を専門とする店がないのは
あまりに手間がかかりるし、ロスがとても多いからでしょう。
生きているものしか調理できず、〆づに調理すると
自切りして、脚がバラバラになってしまう。
それに、体に刺が多くて、裁くのがとても大変なんです。
仕事が終わってお風呂に入って手を見ると
指先が小さい穴だらけになっています。」