割烹松屋は、泉佐野の海と食文化を、わたりがにを通して表現する料理店です。『泉佐野わたりがにガストロノミー』
割烹松屋のガストロノミーについて
― 泉佐野という土地と、わたりがにを極めるということ ―
私たち割烹松屋が向き合っているのは、
新しさのための料理でも、流行のための技法でもありません。
向き合っているのは、
泉佐野という土地が育んできた食文化、
そしてその中で、長い時間をかけて受け継がれてきた
わたりがにという存在です。
■ 松屋の原点は「泉佐野」にある
泉佐野は、海と共に生きてきた町です。
大阪湾に面し、漁と暮らしが直結していたこの土地では、
魚や蟹は「特別なごちそう」である以前に、
日常の中にある命でした。
その中で、わたりがには
保存が難しく、扱いが繊細で、
決して効率の良い食材ではありませんでした。
それでも、この土地では
「一番うまい瞬間を逃さず食べる」ために、
人の手と感覚で向き合い続けてきました。
松屋は、その延長線上にあります。
■ なぜ、わたりがになのか
わたりがには、
料理人にとって非常に不親切な食材です。
・個体差が激しい
・水揚げ後の変化が早い
・火を入れすぎれば一瞬で崩れる
・火が足りなければ旨味が出ない
「誰がやっても同じ味」には、決してなりません。
だからこそ私たちは、
この食材から逃げず、
何十年も失敗と試行錯誤を重ねてきました。
■ 火入れとは、温度ではなく「対話」である
松屋における火入れは、
レシピや数値で完結するものではありません。
蟹の状態、身の張り、水分、香り、
その日の気温、湿度、
鍋の中の音や泡の立ち方――
それらをすべて受け取り、
火を当てるのではなく、火と対話する。
一杯のわたりがにに対して、
「今日は、ここまでだな」と判断する。
それは技術というより、
長い時間をかけて身体に刻まれた感覚です。
■ ガストロノミーとは、思想である
私たちが考えるガストロノミーとは、
皿の上の演出や言葉の装飾ではありません。
・なぜ、この土地で
・なぜ、この食材を
・なぜ、このやり方で
・なぜ、今も続けているのか
その問いに、
料理そのもので答え続けることだと考えています。
■ 割烹松屋が目指すもの
私たちは、
「わたりがにガストロノミー」という言葉を通して、
泉佐野の海、漁師の仕事、
全国のわたりがにの文化と歴史
食文化の積み重ねを未来に手渡したい。
わたりがには、
松屋にとって目的ではなく、象徴です。
その一杯に、
この土地の時間と、人の知恵と、
料理人の覚悟を込めること。
それが、大阪のかに
割烹松屋の泉佐野ガストロノミーです。
割烹松屋 濱田憲司
