「夏のオスがにを待つ理由」
春になると、多くの方がわたりがにのメスを求められます。
内子をたっぷり抱いたメスは確かに格別です。
私たちも毎年、その美味しさに心を躍らせます。
しかし、60年以上わたりがにと向き合ってきた中で、
私たちにはもう一つ、心待ちにしている季節があります。
それが夏です。
夏の海は力強くなります。
太陽を浴びながら海を泳ぎ回ったオスがには、
甲羅の中にたっぷりと身を詰め込みます。
春のメスが「命を育む蟹」なら、
夏のオスは「自らを磨き上げた蟹」。
身の甘み、香り、弾力。
その魅力はメスとはまったく違います。
ところが、この美味しさはあまり知られていません。
市場でも話題になるのはメスばかり。
夏のオスがには静かに旬を迎え、
静かに旬を終えていきます。
だからこそ私たちは思うのです。
本当に勿体ない、と。
牡丹の花のように咲くお造り。
噛むほどに広がる甘み。
火を入れれば立ち上がる香り。
この感動を知らないまま夏を終えるのは惜しい、と。
私も今年で65歳になります。
最近よく考えるのです。
あと何回、この夏を迎えられるだろう。
あと何回、大切な人と同じ食卓を囲めるだろう。
だから私たちは、今年もオスがにを追いかけます。
一杯一杯の状態を見極め、
一番美味しい瞬間を全身全霊をかけて
お届けしたいと思っています。
夏のオスがには、ただの旬の食材ではありません。
一年に一度しか訪れない夏そのものです。
どうぞ今年の夏は、
大切な方と一緒に味わいにお越しください。
私たち夫婦も、楽しみにお待ちしております。

