日別アーカイブ: 2025年5月10日

それでも、わたりがにを続ける理由。

【それでも、わたりがにを続ける理由】

──割烹松屋が“わたりがに専門”を貫く覚悟

大阪・泉佐野。
かつて、大阪湾では当たり前のように
わたりがにが獲れました。
庶民の味であり、
祝いの席には欠かせない“季節のごちそう”。
岸和田のだんじり祭りでは、
かに料理を振る舞う家も少なくなかったほど、
地元に深く根付いた“なじみの蟹”だったのです。

私たち割烹松屋も、その地に店を構えて六十一年。
家族で営み、わたりがにを主役に据え、
ひたむきに向き合ってきました。

ですが、時代は変わりました。
海の環境は大きく変わり、
良質な蟹の数は年々減り続け、
価格は10年前の倍以上になりました。
ただ、それでも一番の苦労は
「金額」ではありません。
この蟹の特異な生態、
そして扱いの難しさこそが、
他の誰も“わたりがに専門”を名乗らない、
いや、“名乗れない”理由なのです。

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生きたままでしか調理できない。
死んだ蟹は絶対に出せない。
一日五回以上の水槽チェック、
わずかな水温・
塩分の変化ですぐに弱る。
仕入れに奔走し、管理に明け暮れ、
仕込みにも神経を張り詰める。
わたりがにを一年中扱うということは、
休まる日が一日もないということ。
体力も、気力も、確実にすり減っていきます。

それでも、やめない。
それでも、やめたくない。

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わたりがに宝楽焼き

なぜなら、この蟹の持つ味は他のどんな蟹にも
替えがきかないからです。
噛んだ瞬間に広がる甘み。身に詰まった力強さ。
内子の濃厚さ、焼いた時の香ばしさ、
蒸し蟹のふくよかさ…。
誰よりも、
私たち自身が
「本当に美味しい」と
信じているからです。

そしてもう一つ。
このわたりがにの文化を、
誰かが守らなければ
消えてしまうからです。
地元の方でも
「わたりがには昔食べたきりだ」と
言う人が増えてきました。
“高い”と言われるその価格の背景にある、
手間、技術、覚悟を
知らない人も増えています。

ですが、食べることに真剣な人。
知らない世界を体験したいと思う人。
「食とは人生のご褒美」と考える人。
そんな方にこそ、
一度でいいから食べていただきたい。

わたりがには、値段で語る蟹ではありません。
これは、“物語”と“覚悟”の味なのです。

割烹松屋は、

誰もやらないことを、誰にも真似できない形で、
ただ黙々と、今日も蟹に向き合っています。

「なぜ、そんなにまでして続けるのか?」と、
たまに聞かれます。
答えはひとつ。

「この蟹の美味しさを知っているから」
それだけです。

全国でも唯一無二の“わたりがに専門店”。